停滞する日本の金融業界を変えるリーダーシップ、森長官続投か?

2年前の2015年6月11日、日本の金融業界を変える大きな人事がありました。

金融庁のトップである金融庁長官に7月より検査局長、監督局長を歴任した

森信親氏(当時58歳)を昇格させる人事を発表しました。

→ 指導力強い森金融庁長官、繰り出す「一手」で金融界変革も

このニュースは今から2年も前のものです。

何故、今改めてこの話題を取り上げるかといえばこの森氏が続投の可能性が

極めて高い状態となったためです。

これは日本の金融業界における大変な出来事です。

 

 

金融庁って?

金融庁は1998年に官僚・金融業界の相次ぐ不祥事を受けて旧大蔵省から、

民間金融機関(銀行局・証券局)の検査・監督を行う金融監督庁として分離された省庁です。

旧大蔵省に残された国の財務管理を行う機能を現在の財務省へと引き継ぎ、

2000年に監督庁から金融庁として改組して現在に至ります。

森氏は1980年に東京大学教養学部を卒業。旧大蔵省(現財務省)へ入省。

金融庁総括審議官、検査局長を経て、2014年に監督局長を歴任してきた方です。

 

日本の金融庁とバブル崩壊後の歴史

この1980年~2015年までの35年間は日本の経済ならびに

金融業界においてどのような時期だったのでしょうか。

戦後日本における様々な規制の元に成長してきた護送船団方式から外資参入の1980年代。

バブル経済期とその崩壊、第一次金融ビックバン(1996-2002年)による規制緩和によって

日本の金融は現在の体制へと移行してきました。

バブル崩壊から日本経済をなんとかして立て直したいと考えていた橋本首相(当時)は、

東京市場から流出していく外国資本などを見て2つの抜本的な改革に乗り出しました。

東京市場をニューヨーク、ロンドン並みの自由で効率的な市場に再編する金融システムの確立。

改革と不良債権の処理という具体的迅速な行動でした。

 

外為法改正により外貨預貯金が一般銀行にも解禁され、自由化や業務の多角化が進められました。

投資の世界では手数料の自由化、FX(外国為替証拠金取引)や外貨建保険などの取り扱いが開始され、

インターネット証券やデリバティブ取引の解禁もされました。

2000年には不動産投資信託(J-REIT)、2001年にはETF(上場投資信託)が解禁されました。

保険業法改正によって制約を受けていた生損保の相互参入や、

銀行窓口を始めとした投資信託や生命保険の代理店業務解禁などは現在では身近な選択肢の一つとなっています。

また大きな変化の波に飲まれ、1997年には日本の四大証券会社の一角だった山一證券が破綻。

同年に北海道拓殖銀行、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が

バブル崩壊による不景気と不良債権の増加、株価低迷のあおりを受けて相次いで破たんをしました。

(この難局を乗り越えるために大手銀行が再編され現在のメガバンクに至ります)

→ 合併銀行の一覧

ノンバンク(クレジットカードや信販や消費者金融など)が相次いで銀行系グループに取り込まれたのもこの頃からでした。

また同年1997年に日産生命が戦後初の生命保険会社として破綻、

1999年には東邦生命、2000年には大正生命・第百生命・千代田生命・協栄生命、

2001年には東京生命が破綻をしています。

※破たんしたのは全て国内生命保険会社で、その救済に入ったのは多くの場合が外資系生命保険会社でした。

 

相次ぐ金融機関の破たんによって日本の金融への不審感が募ったのは言うまでもないでしょう。

これまでも銀行であれば1971年から預金保険機構が存在し、

当初100万円だった預金保護は1986年までに段階的に引き上げられ1000万円までとされていきました。

しかしこのような連鎖的な金融システムの崩壊によって1996年には全額保護措置(ペイオフ凍結)を行う特例を行いました。

そうしなければ金融不審を払拭できないと判断されたほどでした。

2002年に新たな保護制度として預金保険法により

1金融機関1預金者あたり元本1000万円までとその利息が保護対象となる現在の制度となります。

 

証券においても同様で株式や債券などは投資者保護基金制度があり、

デリバティブ取引や信用取引など一部を除いて、原則として1顧客あたり1,000万円まで補償されています。

投資信託はそもそも資産運用を信託銀行が行っており、信託銀行の資産とは区別して管理されています。

 

保険においても契約者保護基金という制度が1996年からありました。

しかしこの制度は破たんした保険会社を引き受けをする救済保険会社が現れないと機能しない、

破綻の規模が大きく国内で営業をしている全生命保険会社が拠出していた基金では足りないなどの問題点があり、

実際1997年日産生命破綻時には十分に機能しませんでした。

この反省を活かし契約者保護機構を1998年に設立して、

責任準備金(解約返戻金とほぼ近似値の保険金支払いのための積立金)の90%まで保証することになりました。

また日産生命は相互会社という保険業界独自の会社形態も原因で引き継ぎが困難であったことからこの後、生命保険会社は株式会社化へ再び移行する時代を迎えます。

 

第一次金融ビックバンによって日本の金融業界は大きく変わりました。

規制緩和によって新しい商品やサービスが登場したばかりでなく、

各業界のセーフティーネットが構築されたり見直しがされました。

また業界を超えての競争時代に入ったことは忘れてはならないでしょう。

会社同士のM&Aが行われるようになったことや異業種間での競争が激化したことに伴い、

会社という組織が変化する時代に突入しました。

この後、2002年以降に始まる第二次金融ビックバンはこういった大きな変化の後で

新たな規制と体制整備を設けることであったと言えるでしょう。

この点についてはいつか改めて解説していきたいと思います。

 

森氏はどんな改革をしてきた?

2015年7月に就任した森氏はこのような激動の時代を省庁官僚として生きてきた方です。

金融庁長官は癒着など不正を避けるために原則1年、例外で2年の任期とされています。

つまり本来であれば任期満了となる時期です。

しかし、麻生太郎副総理や官邸の強い後押しがあり続投をすることが濃厚です。

もし続投となれば日本の金融庁長官職としては3人目となる異例の人事となります。※事実上、初の人事となる。

森金融庁長官、3年目続投の課題

 

森長官がこの2年で行ってきたことを国はどのように評価しているのでしょうか。

  • 人口減少を背景とした地銀の生き残りのためのビジョン策定、合併や経営統合を迫る
  • 銀行に置ける担保に依存せず、企業の事業性を評価した融資がされているかどうかの指導
  • 保険や証券における意向把握義務、手数料開示など顧客本位の提案がされているかどうかの改革

これらは日本の金融システムにおいて極めて重要かつ緊急性の高い事案でした。

 

地方銀行への改革

銀行は金融の要です。銀行が最もその役割を果たすのは地域の企業への融資です。

日本の企業の99.7%以上は中小企業が占めています。

この中小企業への融資が適切にされていなければ、日本の企業は活性化しません。

ではこの中小企業はどこにあるのかといえば大部分は首都圏以外の地方に存在します。

これらの企業に融資をするのはメガバンクのような企業ではなく、地方銀行(地銀)となります。

しかし地銀は景気後退やその地方の人口減少を背景に苦戦が続いています。

「貸し渋り」や「貸しはがし」など景気が上向かず、

資金繰りに苦戦している中小企業が求めていることとは逆行するように銀行の融資はなかなかされません。

 

こうした中で生き残りをかけて2007年4月に福岡銀行・親和銀行・熊本銀行による統合を

先行して進めた「ふくおかフィナンシャル・グループ(FG) 」は

計上利益743億円、預金12.3兆円・貸出金10.3兆円と地方銀行では

首都圏をエリアとする横浜銀行・千葉銀行と肉薄する規模を持ち、

経営も力強いという実態が明らかになっています。

その横浜銀行も東日本銀行と2016年4月に「コンコルディアFG」、

首都圏に近い常陽銀行・足利銀行が2016年10月に「めぶきFG」を追いかける様に統合しています。

2018年5月には東京都民銀行、八千代銀行、新銀行東京を傘下に持つ地域金融機関最大の都内店舗網を持つ

「東京きらぼしFG」が誕生予定です。

→ 地方銀行の現状と再編を理解する

 

今後も地銀の統廃合はしばらく続くと予測されています。

 

事業性融資への改革

また銀行融資の担保に関しても、ここ数年「○○銀行のフリーローン」などを

広告やCMなどで見かけるようになったと思いませんか?

「○○○万円までなら担保不要」など、これらは個人向け融資ですがこの企業版が現在の企業融資では課題となっています。

前述の通り中小企業への融資は銀行における金融機関の非常に重要な役割です。

これまでの事業性融資は不動産などの担保を持っていなければ連帯保証などの非常に厳しい制約を求められていました。

しかし近年、企業融資への担保などを軽減・廃止するなど積極的融資を勧めるような方針へと切り替わりつつあります。

国が進めている経済政策アベノミクスや日銀の黒田総裁が行っている各種施策とこれらは二人三脚の大事業と言えます。

地域金融機関に期待される役割

 

フィデューシャリー・デューティー

また2016年5月に行われた改正保険業法によって保険業界を中心に大きな変革が行われました。

先達って保険募集人への正社員雇用など、これまで保険代理店では成果主義によって

契約があった時だけ報酬が支払われるぶら下がりが横行していたことに対する規制が行われました。

またこの改正保険業法によって一定規模以上の保険代理店における手数料開示義務と意向把握の義務化が行われました。

手数料が多い商品を中心に顧客本位ではない商品を提案しているのではないかという懸念が

様々なメディアで取り上げられていましたが、この事については金融庁が大目標として近年掲げている

フィデューシャリー・デューティー(FD・受託者責任)を推進する一環の流れととらえることが出来ます。

→ 金融庁のいうフィデュ―シャリー・デューティーとは

 

次の改革の一手はあの業界?

本来であれば退任直前という2017年4月、森氏は恐らくは続投するであろうことを前提に次のような発表をしています。

「日本の資産運用業界への期待」

これは2018年1月から始まる『積立NISA』対象となる商品選定についての発言の場でした。

いわば証券業界に向けたメッセージと言えるのですが、その言葉は非常に強烈なものでした。

  • 日本における一般の方が購入できる投資信託約5,400商品のうち、長期積立に向いていると言える商品はわずか1%だけ
  • アクティブ型投資信託は長期積立に向かないものが殆ど(積立NISAの対象となったのはわずか5本)
  • 顧客本位の業務運営を徹底してほしい

このメッセージは非常に意義があることで、

森氏はこれまで銀行を中心とした改革で現在のポジションにまで昇りつめました。

なので銀行業務に置ける監督や指導などがこれまでの2年の改革では非常に多かったというのが

多くの方の印象ではないでしょうか。

しかし銀行窓販での手数料問題などを皮切りに日本に置ける投資信託・保険商品の問題点を指摘、改革を進めてきました。

今までの改革を見ていて分かるだろうけれど、保険や証券にも同じことを求めていますよという

暗黙のメッセージだったと私は解釈しています。

また続投が現実となれば、次は保険や証券などの長期の資産形成・資産運用のジャンルへの

波及をしていきますという宣言のようにも受け取れます。

 

 

日本の金融庁長官として恐らく初の抜本的改革者

金融庁が誕生して来年で20年。

これまでは大蔵省時代の、また第一次金融ビックバンなど不良債権問題などの後処理に追われ後手だった金融庁。

監督や規制など様々な枠組みで金融機関をけん制したりしてきた歴史でもあったこれまでとは一線を画す、

改革者が森氏ではないでしょうか。

どちらかといえば官公庁のトップというのは組織的な人が多く、

平均的な意見を当たり障りなく伝える世渡り上手な人が

なってきたのではないかという印象がありました。

しかし、時を得たというべきかこれほどリーダーシップ(辣腕)を発揮する人が様々な整備ができつつあるこの時期に、

日本経済の浮沈をかけたタイミングで長官職に就き、改革を断行し、続投となればこれは歴史的な人事と言えるでしょう。

 

日本の金融業界が不正と癒着にまみれた業界であることは多くの関係者が知るところです。

森氏には本当の意味での「顧客本位の金融改革」を断行して欲しいと切に願っています。

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