初めての方へ

「FP Voice」について

はじめまして。FP Voice管理人です。

このWebページは独立系ファイナンシャルプランナー(IFP)の一人である

管理人の人生やお金についての考え方を不定期で投稿しています。

 

お金について学ぶことの意義

自己紹介を兼ねて

私は1980年に地方の小学校教諭の両親の元に長男として生まれました。

 

1990年、日本経済がバブルの絶頂期だった頃に両親は英語を習わせてくれました。

両親はその前後、文部省(現在の文部科学省)の欧州海外教育視察に父・母と交互に行く機会がありました。

イギリスやドイツ、フランスなどの欧州諸国の教育・文化に触れて、

これからは英語を身に着けることが大切だと感じたのかもしれません。

この後1992年に欧州はEC(欧州共同体)を調印、現在のEU(欧州連合)へと

戦後の大きな変革期に突入していきました。

 

”これからは英語くらい話せるようにならないと”

 

その後、1995年にWindows95が発売されると我が家では新しい物好きの、

またそれを経済的に許される共働きという世帯収入で当時30数万円もするパソコンと

インターネット回線を自由に使える環境が与えられました。

 

”これからはパソコンくらい使えるようにならないと”

 

2002年、本来だったら就職をしている年に私はまだ大学2年生でした。

高校で1年、大学で更に1年の浪人・留年をして社会に出るのが遅くなった私は焦っていました。

同級生が働いて稼いでいるという現実を目の前に、

なんとか少しでも遅れを取り戻したいと考えた私はインターネット証券の口座を開設して

右も左もわからずに株式投資を始めました。

投資したのはアルバイトで稼いだなけなしの”貯金”

株式投資で資金がどんどん溶けていくのを見て、

「投資初心者は投資信託がおすすめ」というどこかで聞いたことがある話を鵜呑みに、

株式投資から投資信託へ買いなおし。

社会人になってからは純金・プラチナ積み立て、FX、そして勤務先の持株会(毎月定額購入)を開始。

 

”これからは投資くらいできるようにならないと”

 

2010年、私は就職した会社で幾つかの職歴を経験してインターネット通販(EC)のバイヤーをしていました。

私が就職したのは首都圏を中心に展開する中小の家電量販店。

学生時代にアルバイトで始めたデジタルカメラの販売員という仕事が楽しくて

フォトイメージング(写真とカメラ)の業界で5年勤めました。

就職時からの一つの目標でもあったバイヤー職は非常にやりがいもありました。

しかし問題もいくつかありました。

当時のインターネット通販はリアル店舗のマーケットを喰いながら成長していました。

Yahoo!ショッピング、楽天市場、amazon、価格.comなど

現在では多くの方が利用しているこれらが急速にその市民権を得、

インターネットで購入する人が急速に増え、

私の担当するデジタルカメラの販売成績は順調に伸びていました。

バイヤーの仕事は投資の世界におけるファンドマネージャーと少し似ているところがあるかもしれません。

当時の私の考えていた問題は次の3つです。

①価格競争 ②リアル店舗とのシェアの奪い合い ③スマートフォンの登場による市場の縮小

 

1円でも安いお店で買うという消費者の心理に販売店は飲み込まれていました。

家電製品のようなコモディティー(一般消費財)は同じ物が大量生産されています。

サービスや金融商品と異なり、何処で買っても同じ物が手に入ります。

製品の品質はメーカーが保証し、価格は自由競争(オープン価格)。

店舗ではインターネットショップの価格を見せて交渉する消費者も少なくありませんでした。

同じ商品なのに、そして同じ会社のリアル店舗とインターネットショップなのに販売価格が異なる。

そんなことさえ当たり前でした。

そして最も大きな悩みはスマートフォン(iPhone)の登場でした。

携帯電話はおよそ2年で機種変更をしていく。そのたびに性能が向上していく。

カメラ性能も、電子機器としての性能も。

自分の能力的な問題であれば何かしらの努力ができるところですが、

市場という大きな波は人口構造と需要という動かしがたい問題でした。

この事実に気づいた時、つまり2010年は私にとっては大きな人生の転機でした。

 

誕生日が来れば30歳。家電量販店の業界はテレビの地デジ移行で盛り上がって真っ最中という年。

私が就職した年、大手液晶テレビメーカーの人が新入社員研修で言いました。

「1インチ1万円を切ったら地デジ対応の液晶テレビは爆発的に売れる時代になる」

2010年、大手メーカーの32インチモデルが5万円以下になっていました。

メーカー担当は「売れれば売れるほど赤字」「売れなければもっと赤字」と言っていました。

バイヤーはメーカー営業に泣いてもらってなんぼの世界ですから、その言葉を鵜呑みにすることはありませんでしたが、

実際の会社の仕入れ値と販売価格、赤字を補てんする”握り”はメーカーの

ネット(原価)を超えて危険な領域であると想像していました。

メーカーからの補てんがなくなれば量販店も共倒れする可能性さえあると考えました。

そしてデジタルカメラの業界も同じ。

スマートフォンの50%普及予測を5年と想定し、

デジタルカメラの市場縮小がそれと連動するとした最悪のシミュレーションは

2015年にマーケット規模が半分になっていることでした。

スマートフォンの普及は私の想定よりも若干緩やかでしたが、

デジタルカメラの市場縮小は想像より早く進みました。

→ コンデジの需要が急速に落ち込んでいるカメラ業界

 

2010年、私は人生で初めてFP(ファイナンシャルプランナー)と出会いました。

そのFPが働くそして外資系金融機関へ転職して6年勤め、36歳で独立しました。

 

”これからは未来について想像しなければ生きていけない”

 

日本では消費者の金融教育が欧米と比べて10~15年遅れていると言われています。

しかしその裏側では金融業界の大きなしがらみがその足かせとなっています。

一方でその足かせが日本の経済を支えているという面もあります。

日本ではこれまでおよそ10年ごとに金融の節目がありました。

1970年代までの護送船団方式時代、1980年代の外資参入、1990年代の金融緩和。

これは日本の経済の歴史と共に、金融の歴史でもあります。

2000年代、2010年代に起こる大きな節目が水面下に潜ったままなのはバブル崩壊による後遺症もさることながら

我々国民が「それでもなんとかなる」と思っていたからです。

20年のツケは危機感をもって行動をした人たちにしか乗り越えられません。

 

”金融機関に所属しない独立系ファイナンシャルプランナー(FP)の社会的役割”として、

このWebページを通じて、皆様の未来に役立てると幸いです。