失われた時を求めて〜平成の30年はバブルのツケ払いに費やされた30年だったのか

平成最初の年末(1989)は日本の株式市場が史上最高値38,957円を記録しました。

1980年には7,116円だった日経平均株価が約5倍に急騰したことから典型的なダメ相場として「バブル経済」の呼称で認識されています。

若者はお立ち台で踊り狂い、終電がなくなれば一万円札をヒラヒラさせてタクシーを呼び止め、今日よりも明日はもっと豊かになることを疑っていなかった時代。

浮かれまくっていた日本の株式市場はアメリカの株式市場の時価総額を上回り、山手線の内側の土地だけでアメリカ全土の土地が買えたほどだと言います。

この図は当時の世界の時価総額と2018年の時価総額上位30位までのランキングです。

オレンジ色の部分が日本企業です。

世界の上場企業を時価総額で比べると世界の約40%が日本企業だったとされていますので、いかに日本企業が強かったのかが分かります。

 

バブルは何故膨らみ、弾けたのか?

日本のバブル経済はアメリカが抱える貿易赤字の解消のために持ち出した1985年のプラザ合意による人為的円高に端を発します。

1ドル235円が一気に150円台となり、日本の輸出産業は大打撃を受ける円高不況に陥ります。

昨今話題になっている日産自動車の凋落もこの時にコスト削減などの構造転換が遅れた事から始まります。

(1999年にカルロス・ゴーンがやって来て、

日産リバイバルプランとして改革。ゴーンさん、マジパネェ!)

 

日本の中央銀行は景気が悪くなることを予測して公定歩合の引き下げ(利下げ)を行いました。

銀行からの借り入れ金利が急激に安くできる時代に、日本企業は工場などの土地の買収に走りました。

日本は島国で土地は限られていて、産業を伸ばすためには土地(不動産)へ投資をすることが最も合理的であると多くの人々が考えたため、土地の価格は高騰。

工場を建てずとも、不動産投資(土地転がし)だけで収益を得られてしまう状態となります。

また銀行も不動産の資産価値が下落することなど想定しておらず次々と融資をしました。株価も高騰しました。

NTTは株式公開時(1987)に1株119万円でしたが、

2ヶ月後には300万円を超えていました。

借金をして投資をしても儲かる、また銀行も貸し出しをしたくて次々と融資をしました。

サラリーマンは毎年100万円ずつ給与が上がる時代、学生でさえゴールドカードを持つ時代は若者にも大いなる勘違いを生みました。

日本のバブル経済は中央銀行の誘導金利政策の失敗によって生まれ、そしてその挽回のチャンスを逃して崩壊しました。

 

バブル時代の日本の凄さが理解できるサイト

日本のバブル時代のすごさ&バブル発生〜崩壊の理由をわかり易く解説

 

高騰し続ける不動産と株価、牽制するのが遅すぎた国の失策

1990年に2.5%だった公定歩合を6%まで政策的に引き上げ金融規制(総量規制)が発動されると借り入れで成り立っていた実態からかけ離れた日本経済は借り入れによる資金確保が困難となり流動性(換金性)を失います。

 

そもそもが借り入れによる実態とはかけ離れた経済でしたので返済のために資金を何処かしらか確保しなければなりません。実際の収入よりも大きな借り入れは返済できませんから、支出を縮小せざるを得ません。

すると皆が資金を確保するために株式や不動産を次々と売却していき、株価はあっという間に下落を始めます。

銀行が不動産投資を優遇した土地や建物は貸し出した資金を回収できない「不良債権」となり、その後20年以上も日本経済のツケ払いに追われます。

1997年11月、日本の証券会社トップ5位に入る山一證券が経営破綻。

 

1998年6月に粉飾決算が週刊誌に取り上げられると格付け会社から格下げを受け株価も暴落。山一證券は当初200円前後あった株価は10月の上場廃止時には2円を付けました。

また不良債権によって破綻をした拓殖銀行(現在の北洋銀行、三井住友信託銀行へ分割継承)、日本長期信用銀行(長銀)の破綻は国の救済が進められ、再生銀行として”新生銀行”に文字通り生まれ変わりました。

そして株式会社ではなく、業界独自の会社形態”相互会社”だった保険業界では日産生命が1997年4月に債務超過で業務停止、破綻。後の東邦生命(1999)、千代田生命(2000)、協栄生命(2000)の破綻へのカウントダウンにつながります。

またこのバブル崩壊後の経済復興を目指す日本政府にアメリカは金融の自由化を求めます。まるで黒船を乗り付け開国を求めたペリー提督のように、様々な産業の防波堤を取り除くことを求めました。

1998年、金融にまとわりつく天下りや不祥事などの流れを変えるために約1300年続いた”大蔵”省の名前からの脱却を目指し大蔵省の解体。

そして財務省、金融庁、国税庁誕生。

本邦唯一の為替銀行だった東京銀行(後の三菱”東京” UFJ銀行)から、一般銀行への外貨両替業務の解禁。

外為法改正(FX会社の誕生、外国為替の自由化)、証券業務の自由競争(ネット証券の誕生、証券手数料の価格自由化)、生命保険・損害保険会社の相互参入、生命保険の乗合代理店の解禁、銀行業務に投資信託や保険販売代理店業務の解禁(銀行窓販)…

現在、我々が身近に感じている様々な会社や業態はバブル崩壊後に誕生したことを確認できます。

全容がつかめないまま「失われた10年」が終わってしまった

金融は経済における血液の循環に似た役割を担っています。

本来的に金融とは、投資家や相談者の要望を聴き、経済の仕組みを利用することでその顧客の要望を叶える世界です。

しかし日本では銀行、証券、保険会社のそれぞれの業界は顧客から手数料をいかに搾り取るかしか考えて来ず、この2000年頃に行われた第一次金融ビッグバンによって生み出されたのは金融機関本位によるビジネスの確立でした。

何故なら当初公開されていた不良債権は2002年3月時点で51兆円でした。バブル崩壊後から中央銀行はあの手この手で銀行や金融機関を支援してきました。

しかし幾ら資金をつぎ込めども、不良債権は次から次へと表出して来てその債務を増やし続けたのです。

IMFによると日本が当時公開していた不良債権は公表している金額の少なくとも3倍以上はあるとのレポートを発表しました。

またゴールドマンサックスによると日本の不良債権は約237兆円…日本全体の貸出金額の3分の1にまで及んでいたと推測しています。

当時この全容を把握していた人はおらず、国も金融機関も企業もこの処理に追われて、まだ出来たばかりの金融庁にはこれを乗り切るだけの手腕もなく、いつまでも解決しない問題のまま公的資金をどれだけつぎ込めば良いのかの出口も見えない手探りのまま10年を過ごします。

「失われた10年」と呼ばれた時代でした。

 

この間にインド、中国などは猛烈な勢いで経済発展を遂げ、かつて日本の製造業が独占して来た「世界の工場」の地位を奪っていきました。

日本のメーカーも人件費が安く、コストの低いアジアへ工場を移転しようと試みますが、国内雇用の空洞化を生み、また2003年に小泉内閣の元で竹中平蔵が進めた派遣法改正によって雇用の使い捨ては常態化していきます。

1970年代半ば以降に生まれた昭和後期世代はこれによって就労、結婚、そして将来への資産形成が20年遅れます。訪れるはずだった第三次ベビーブーム世代は金の卵を産む親鳥を締め上げ、「何故、働かないのか?」「何故、結婚しないのか?」「何故、子どもを生まないのか?」と世間から言われます。

Not in Education,Employment or Training(NEET、引きこもり)と呼ばれる教育を受けているでもなく就労や資格取得をしているでもない人々が多く存在するのもこの世代でした。

最も人口ボリュームの多い団塊の世代の一斉退職を迎える時期に差し掛かる2007年、微かに上向きかけていた就業率は世界同時金融危機、2008年リーマン・ショックによって再び逆戻りします。

古くは日露戦争の日本のスポンサーとなり、新しいところではライブドアによる日テレ買収の資金援助を行った米国第4位の投資銀行はサブプライムローンによって債務を回収出来ず破綻します。そしてこの影響を受けてリーマン・ブラザーズが発行していたデリバティブ取引による損失によって世界最大の保険会社AIGが破綻します。

金融に詳しくない方でも英国サッカークラブのマンチェスター・ユナイテッドのかつてスポンサーだった会社といえば記憶にある方も多いのではないでしょうか。

 

AIG破綻によって日本では戦後第一号の外資系保険会社アリコジャパン、エイアイジー・スター生命(旧千代田生命)AIGエジソン生命(旧東邦生命)が売却の憂き目にあいます。

日本での単独営業を目指していた米国最大規模の生命保険会社メットライフは三井住友海上メットライフ生命による合弁を解消(三井住友海上プライマリー生命として現在も存続)し、アリコジャパンを買収。メットライフ生命として悲願の単独経営を始めました。

またメットライフと米国で勢力を二分するプルデンシャル・ファイナンシャルは2000年に救済に入って再建をした旧協栄生命であるジブラルタ生命にAIGスター生命・エジソン生命を吸収することで新生”ジブラルタ生命”としました。

 

ゼロ金利政策によって出遅れた日本経済

リーマン・ショック後、金融機関の連鎖倒産を防ぐために米国の中央銀行は公的資金を導入し、続く大手金融機関の破綻を回避しようとしました。

アメリカは日本のバブル崩壊を教訓に初動から切り捨て(リーマンブラザーズ、AIG)と救済を速やかに線引きしてわずか2ヶ月後には7000億ドル(約75兆円)の不良債権買い取りに動きました。

また政策金利を6%手前から一気に下げて市場に資金が十分に行き渡るようにコントロールしました。

結果、アメリカの株式市場はおよそ5年でリーマン・ショック前の水準を超え、その後最高値を更新していきました。

日本経済ではこのリーマン・ショックの際に既にゼロ金利政策が始まっていたため金利引き下げという政策が打てず、企業は前述の派遣法改正によって雇用された人々の派遣切りが進められ、年越し派遣村などが大きな社会的関心を集めました。

またロスジェネ世代の一握りの正社員雇用に就いていた人の中にはこの時にリストラによって職を失う人も出てきました。

 

戦後最初で恐らく最後の政権交代で国債乱発

2008年に戦後初の、そして恐らくは日本では最初で最後の政権交代が行われました。

長らく野党だった民主党が、バブル崩壊後のいつまでも持ち直さない景気に対して、また自民党の弱体化に嫌気がさして与党となりました。

しかし政権運営に慣れていない民主党では国会、また行政のコントロールが上手くいかず首相は次々と交代。

民意を集めるための政権延命策のために国債を無秩序に発行し、バラマキ。

国債発行額

2007年 27.5兆円 第一次安倍政権
2008年 25.4兆円 福田政権
2009年 33.2兆円 麻生政権
2010年 44.3兆円 鳩山政権(民主党)
2011年 44.3兆円 菅政権(民主党)
2012年 44.6兆円 野田政権(民主党)

 

哀れかな、後世に残る勘違い。事業仕分けで一生の汚点

バラまくための事業仕訳では味のない格好だけのパフォーマンスによるやり取りが延々とテレビなどに中継され、上から目線の勘違いぷりを歴史に残しました。

科学技術振興予算のやり取り

科学技術振興振興機構:北澤理事長「実質5倍の競争資金でアメリカの基礎研究というのは行われている。私達は竹槍で戦っているという風に思っている」

https://mobile.twitter.com/jmk188365/status/1046816753001484288

仕訳人「前置きはいいので質問にだけ答えてください。」

北澤理事長「科学技術に力を入れることは、日本の国際競争力を強化するだけでなく、国際的な取り組みに貢献する重要な意味がある…」

仕訳人「大変申し訳ないんですが、思いは分かるのですが、世界一になる理由は何があるんでしょうか?2位じゃダメなんでしょうか?」

http://www.asahi.com/senkyo2010/special/TKY201007090395.html

基礎研究が如何に将来の医療や科学技術による国家経済と生活への恩恵を与えるかを理解していない勘違い議員によって年2%ずつ国家予算から削られることになった日本の基礎研究は、世界の最先端を競っていたスーパーコンピュータからの開発敗退、また日本の通信技術や医療科学における明確な後退を招きました。これはわずか10年前に起きた出来事です。

この後、平成最後の日本人ノーベル賞受賞者となる京都大学名誉教授:本庶佑氏に「基礎研究に予算を投じない国は滅びる」と言わせた民主党の妄言だったことは記憶に新しいでしょう。(2018年の発言ですし)

 

未曾有の大災害、現代人の生き方を問われた東日本大震災

 

2011年3月11日、三陸沖で発生した大地震は東北を中心とした東日本、そして日本全体に大きな傷跡を残しました。

経験をしたことがない津波が沿岸部を襲い、死者15,894人。行方不明2,562人。

埋葬が間に合わず一斉に土葬でお別れをする姿は多くの日本人の心に多くの教訓を植えつけました。

 

福島第1原発でのメルトダウン、汚染水の太平洋流出…

後手に回る政府の指示と支援に国民が民主党政権を見放すきっかけとなりました。

この東日本大震災による経済的損失は約17兆円規模。

近い将来、30年以内に70%以上の確率でやってくる

首都直下地震や南海トラフ地震への対策は決して十分とは呼べないでしょう。

 

悪夢の3年3ヶ月、民主党政権時代の終焉

日本ではそれまで政権交代をした経験がなく、

経験のない政党が政権運営を行うと国政がどうなるのか

多くの人々が教訓としました。

 

金融緩和によって急回復と成長軌道に乗る中で、日本は経済の停滞といつまでも回復しない悲劇の時代を過ごしました。

3年3ヶ月という民主党政権は2012年に再び自民党大勝によって野党となりますが、国費と時間と様々な犠牲を払って得たものは…。

…とまでは私は思わないですが、野党が強くないと国政はダメだなという教訓は今後の糧になるでしょう。

まぁ民主党という政党は既に解散してしまって存在しないのですが。

“眠れる獅子”中国の飛躍と超高齢社会

世界に日本が置き去りにされている間に、

2010年には中国はGDPで日本を抜き世界第2位へ。

この中国のGDPを押し上げたのは

国家全体での産業支援なども当然ありましたが、最大の要因はやはり人の数でしょう。

しかし中国の経済は、急増する人口問題から長らく「一人っ子政策」を展開してきました。

夫婦の間に原則として子ども1人というのは

人口減少を表していますので、それほど遠くない将来において中国は一人っ子が老夫婦を支えなければならない日本を上回る超高齢社会に突入します。

 

世界から遅れること5年、アベノミクスによる金融政策

政権を取り戻し、第二次安倍政権が発足した頃に日本の経済は瀕死状態でした。

安倍晋三によるアベノミクス、日銀総裁に就任した黒田総裁による量的質的緩和政策は、

公的資金による国債買い入れ、またGPIFなどを利用した株式市場への投資によって

急回復しましたが、潤ったのは企業や一部の富裕層のみで、市井の人々の生活は改革に次ぐ改革によって押し付けられ増えた社会保障費の増大によって家計が圧迫されていきます。

しかし中央銀行である日本銀行が自ら発行する国債を買い入れることに対する健全性について、また公的資金で買い支えられている日本経済は資金が抜かれればすぐに失速する薄氷に乗っているのと変わらない状態と言えます。

っていうか、「アベノミクス三本の矢」ってどうなったのよ?

https://www.nikkei.com/article/DGXZZO92034300U5A920C1000000/

 

次々に始まる自助努力を推奨する税制優遇制度

何故、近年になってNISAやつみたてNISA、iDeCo(個人型確定拠出年金)などが

個人の資産形成を支援する優遇制度が

次々と誕生しているのか考えてみたことはあるでしょうか。

 

社会保障では既に現在の年金受給世代より

若い国民の将来の生活設計を支えることが

困難であるから単に自助努力をしなさいという話ではないのです。

 

国が投資や社会保障に使ってしまった

公費である資金をいずれ現金として戻さなければならないのに、

今、売却をすると日本の株式市場(日経平均やTOPIX)が暴落してしまうので、

個人の金融資産でそれを置き換えて欲しいから投資しろと暗に

勧めている事に多くの個人投資家は気づいていません。

特にマズイのが運用期間の長いつみたてNISAとiDeCoです。

お金もらってもやる価値があるとは思えない罠ばかりです。

 

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