金融ビックバンによって起きた証券業界の統廃合

免許制から自由競争の登録制へ

バブル崩壊を契機に日本市場を世界一の金融マーケットにしようと始まった

『金融ビックバン』の主役は一面では証券が主役だったとも言えます。

日本の企業融資の多くは銀行から資金を調達するという間接融資に極端に偏っていました。

これを投資家から直接資金を集める流れに変えようとしたのが金融ビックバンの役割でもあります。

この仲立ちである証券会社を増やすためにこれまでの免許制から1998年12月、登録制へと移行しました。

破綻に備えるセーフティーネットの設立

また投資家の保護を目的とした投資者保護基金が同月、設立されました。

証券会社が破綻した際に投資家の資金を守ることを目的とした基金で、当初は全額補償となっていましたが、

破綻リスクのある国内証券とは組めないという外資からの意見によって日本の証券会社が運営する「日本投資者保護基金」、外国証券が運営する「証券投資者保護基金」に分裂。

2002年に「日本投資者保護基金」へ統合がされました。

現在の補償額は投資家一人あたり1,000万円まで補償されています。

 

インターネット証券の登場

登録制への移行によって証券会社の顔ぶれは大きく変化しました。

これまで富裕層を主な顧客として対面で株式や投資信託緒販売してきた証券会社でしたが、

インターネットを活用した売買へと移行を始めたのもこの時期です。

1998年に松井証券が日本では最初のインターネット専業証券へと移行しました。

※インターネット証券には窓口・電話での取引も扱う兼業証券と、インターネットでの手続きのみを扱う専業証券があります。。

同年、ソフトバンクが米国E*TRADEグループと提携して中堅証券会社を吸収、イー・トレード証券が誕生しました。

またソニーなどが出資してマネックス証券が誕生したのも同時期でした。

インターネット証券の登場によって大きく変わり始めたのが手数料の自由化です。何しろ店舗を構える必要がないこと、テナント代や人件費を極限まで抑えることが出来ることによって

手数料の安さを打ち出すことに成功しました。

手数料が安くなり、また対面でなくても株の売買がパソコンで出来ることによって

デイトレーダーのような職業も登場しました。

インターネットを介しての証券取引は個人投資の主流となっていきました。

2005年頃を境に世界の株価が上昇し始めたことをきっかけに日本のインターネット証券は収益を上げ始めました。

 

金融自由化に伴う新しい取引の登場

1998年4月に外国為替及び外国貿易法(外為法)が改正され、

これまで公認銀行のみで取り扱いができた外貨への両替業務が、一般銀行でも可能となりました。

また簡易化も認められ、企業や個人による為替取引が身近になりました。

これによって解禁されたのが外貨預金や外国為替証拠金取引(FX)などの金融商品です。

また金融自由化の流れの中で、機関投資家や金融のプロがリスクヘッジや投機の手段の手段として使われていたデリバティブ取引が一般の投資家でも行えるようになりました。

 

その他、従来からあった株式投資、投資信託などがより身近に購入しやすくするために様々な改善や工夫が証券会社ごとに行われるなどの改革が進められてきました。

 

入れ替わるプレイヤーの顔ぶれ

1994年3月期 2010年3月期
1位 野村 野村ホールディングス
2位 大和 大和證券グループ
3位 日興 三菱UFJ証券ホールディングス
4位 山一(97年破綻) みずほ
5位 新日本 日興コーディアル
6位 国際 SMBCフレンド
7位 和光 岡三証券グループ
8位 三洋(97年破綻) 東海東京フィナンシャル・ホールディングス
9位 岡三 みずほインベスターズ
10位 東京 コスモ
11位 コスモ 丸三
12位 ユニバーサル いちよし
13位 第一 極東
14位 太平洋 東洋

金融自由化によって証券業界の勢力図は上位を除いて合従連衡の様です。

97年に上位にいた山一證券が破綻をすると、リテール(一般向け小口)偏重から持ち株会社に移行してきました。

グループ傘下に資産運用会社や投資ファンドを行う様々な金融会社を備え、欧米型の金融グループを目指す傾向にあります。

例えば業界第一位の野村ホールディングスには野村證券を軸に、野村アセットマネジメント、野村信託銀行、野村キャピタル・インベストメントなど国内17社を有する企業連合となってきました。

大手が多角化、専門性を強調する中で中堅証券会社は撤退や生き残りをかけて合併を模索しました。

アジアやBRICsなどの新興国ブームに乗って中国株などで特色を出す会社が出て来たり、インターネット取引に舵を切った会社も少なくありません。

準大手だった国際証券は2002年9月に東京三菱証券、東京三菱パーソナル証券、一成証券と合併して三菱証券となり三菱東京フィナンシャルグループの子会社となりました。

更に2005年にはUFJつばさ証券と合併、三菱UFJ証券に社名が変わり、2010年には三菱UFJモルガン・スタンレー証券となりました。

 

みずほグループの勧角証券もみずほインベスター証券、新日本証券・和光証券・新光証券と合併してみずほ証券になりました。

さくら銀行系列の準大手山種証券や神栄石野証券、旧住友系列の明光証券らが合併した末にSMBCフレンド証券が誕生しました。

 

二極化する証券業界と第三極

個人投資家が自分の資金を投資・運用する際にこれらの証券会社を利用することはあまり多くありません。

手数料が安いインターネット証券を活用することの方が多いでしょう。

大手、準大手などの従来からある店舗又は外交員を活用した証券の取引は昔からの基本的な方法です。

個人が自宅にいながら投資を行うというインターネット取引での投資は若い世代を中心にこれからも利用者が増えるでしょう。

またこの両方の中間に位置する第三極IFAが日本でも動き始めています。

次回はこの流れについてご紹介していきます。

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