親会社破綻によって売却された保険会社

リーマンショックによってもたらされた再びの破綻

2007年に起きたリーマンショックの影響で、世界同時株安に見舞われた結果、

2008年に大和生命(旧大正生命)が破綻しました。

大和生命は保有する有価証券1,800億円のうち、4割を海外証券。

3割はオルタナティブ投資というハイリスクな投資を行っていて、決算書を見た金融庁からは警告が出されていました。

大正生命からの再建を急ぎすぎた結果だったのでしょうか。

保険会社の運用は慎重でなくてはいけないという反省を改めて後世に残しました。

 

このリーマンショックはさらに大きな影響を保険業界に与えました。

リーマンショックはサブプライムローンの証券化という、

ヘッジファンドなどによる積極的な金融手法の拡大が招いた事故でした。

 

世界最大手の金融グループAIGと日本の保険市場

ヘッジファンドの作り上げた証券を大量に購入していたのが米国最大手の保険グループAIG、

アメリカン・インターナショナル・グループでした。

 

AIGは世界中で生命保険、損害保険など様々な金融事業を展開していました。

2006-2007シーズンのイングランドのプロサッカーチーム、

マンチェスターユナイテッドのスポンサーだったと言えばサッカーが好きな人の間では思い出せるかもしれません。

1919年に上海で中国人に保険を始めて販売した損害保険代理店がその祖業と言われています。

日本では1954年に在留アメリカ人向けに営業を始めたアメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー(通称アリコ)は、

1973年に一般消費者向けに営業を開始、戦後日本における外資系生命保険会社の第一号でした。

 

2000年に破たんした千代田生命を買収してエイアイジー・スター生命、

また1999年に破たんした東邦生命を買収したGE・エジソン生命は2003年にAIGグループへ売却され、

AIGエジソン生命と社名を変更しました。

当初は2009年を目途にAIGスター生命、AIGエジソン生命を統合する予定でした。

しかし2007年に起きたリーマンショックによって親会社が経営難となり、

その打開策として日本国内で展開している生命保険会社3社を売却することになりました。

※AIGグループは損害保険会社としてその他にAIUを日本で展開しています。

同じく2000年に破綻した協栄生命はアメリカ資本のプルデンシャル・ファイナンシャルによって、

2001年にジブラルタ生命へと再建されました。

このジブラルタ生命に統合予定だったAIGスター生命、AIGエジソン生命二社が2012年に統合されました。

 

アメリカ最古参の保険会社メットライフとは

一方でアメリカの生命保険業界で最大手の一つだったメトロポリタンライフ(通称メットライフ)は、日本の損害保険大手の三井住友海上とシティバンクの合弁によって2002年に営業を開始した三井住友海上シティインシュアランス生命保険株式会社のシティバンク撤退を受けて参入。2005年10月から三井住友海上メットライフ生命保険株式会社として日本での営業を始めました。

ところが2010年にアリコジャパンが売却されるとそれを買い、三井住友海上との合弁を解消。三井住友海上メットライフ生命は三井住友海上プライマリ―生命(三井住友フィナンシャル完全子会社)となりました。

アリコジャパンは2010年、その日本での長い歴史に幕を下ろし、メットライフ生命にその歴史と契約を引き継ぎました。(引き継ぎ途上ではメットライフ・アリコ生命を呼称)

 

アメリカのメトロポリタンライフ(以下、メットライフ)はアメリカで最も古い生命保険会社の一つです。

1863年、アメリカ南北戦争の際のリスクマネジメント(兵士のケガや死亡などに備える保険)として

ニューヨークのビジネスマンたちがお金を出し合って保険会社を作ったのがその起源とされています。

 

1925年、ニューヨーク本社のスタジオから契約者の健康増進のために

ラジオでエクササイズ(体操)を促す番組を配信したメットライフ。

この放送を日本からの視察に来ていた逓信省保険局(郵便局の保険担当)が感銘を受け、

日本でのラジオ体操へとつながっていきます。

 

1985年以来、長らく「ピーナッツ」のキャラクターをマスコットに親しまれており、飛行船など様々な場所でその認知度を上げてきました。

2005年時点で個人向け・法人向け生命保険会社の北米第一位であり、個人年金保険でも第二位の保険会社です。

メットライフ参入で変わったアリコ時代の不信払拭へ

 

その会社自体の経営が健全であっても、資本関係にある親会社などが経営難となれば売却される。

リーマンショックはサブプライムローンに口火を切った世界同時株安でしたが、

金融業界ではそれに伴うAIGグループの凋落から「AIGショック」と呼ぶこともあります。

 

親会社が変わるだけで、破たんではありませんので保険契約そのものが変更されることはありませんでした。

しかし社名がコロコロ変わるのも落ち着きませんし、

契約者の立場からすれば経営方針が大きく変わるなどの不安材料もあります。

一方でアリコからメットライフへの売却によって評価されている面もいくつかあります。

 

一つはこの売却の直前まで日本で起きていた保険金の不払い問題や、

アリコジャパンで発覚した保険料のクレジットカード決済に伴う個人情報漏えい事故です。

不払い問題で信用を落としていたところに立て続けに起きた個人情報漏えいによって、

アリコジャパンへの風当たりは厳しい状況でした。

契約者の不信を払しょくしたいという思惑は、図らずも親会社による売却という形で刷新することが出来たと言えます。

 

またもう一つのメットライフ生命への転身によって解決したのが

長らく日本の金融業界から指摘を受けていた日本支社問題です。

日本での営業開始当時からアリコジャパン、そしてアフラックに関しては日本法人ではなく

あくまで日本支社として保険事業を日本で展開していました。

これは1995年の日米保険協定においての火種となって居り、

日本の保険会社は第三分野への参入が制限されていた背景にアリコ、アフラックの二社がありました。

何しろ日本法人ではなく、あくまで支店でしたので日本に法人税を納めることなく

収益はアメリカ本社へ直接送金が出来てしまっていました。

これでは日本の保険業界にとってあまりに不平等であると

金融ビックバンによる自由化と共に緩和されていきました。

メットライフ生命への転身を果たした2012年に日本法人化を果たしました。

(アフラックも2018年度中に日本法人化予定)

→ 日経新聞「アフラック、日本事業を18年中に現法化 

 

金融ビックバンによってルールが変わり、プレイヤーが入れ替わり、

そして新しい競争時代へと突入した生命保険業界。

隣接する金融業界でもまた大きな変化が起きています。

次回は証券業界の金融ビックバンで起きた変化についてご紹介していきます。

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